35億円と自由

なぜか知らんが僕のともだちはよくコンサルティング系・会計監査系に就職が決まる。大学時代の友人もそうだし、ケンブリッジで知り合ったN君も今回コンサル系企業17社から内定をもらいどれに行こうか迷っている。昨日メールをくれた高校時代の友人もやっぱりコンサル系に進むようだ。メールを読んだあと、なんか懐かしくてコイツのところに電話してみた。彼の名はAくん。チャイニーズアメリカンで高校4年間を一緒にすごした仲間だ。高校を卒業後、スタンフォード大学で工学を専攻。現在はそのまま大学院で修士を取っている。六月には大学院を出て某一流コンサル企業に入社するらしい。

僕の友達のほとんどはいい意味で言えば金銭的な野心家が多い。悪く言えば一流イコール高収入と言った超現実主義者である。だから大体の奴らはコンサル行ってビジネススクールに派遣してもらってMBA(ビジネス修士)とったらさっさと違う会社にヘッドハントされるという人生設計図を持っている。年収2000万円とかでさ。でもこいつらはそれなりにすごい努力をする。将来、プールサイドでラップトップと携帯電話で仕事をし、美女をまわりにはべらすために「人生ないじゃん」って言うくらい努力する。僕も昔は同じように思っていた。一流コンサルタントになって年収3000万とかもらってバリバリかっこよく暮して大人の恋愛をたくさんする。まるで「課長(部長)島○作」である。(彼はコンサルじゃ~ないけどね。)

でも、僕は就職の道を選ばなかった。もちろん、大学院に入れなかった時のために就職活動はしたけどね。別に僕の友人を否定しているわけじゃないんだけど、なんかお金だけを追うことがむなしく感じたんだ。自分にほしいのはお金じゃないんだと思ったから…。どっちかというと自由な時間の方がお金よりも大切だと思ったんだ。だって人間、20代には20代でしか出来ない事とかあるじゃん。(合コンとか…笑)いくら将来楽しくても今を犠牲にしたくないと思った。だったら自分の時間が出来るだけ自由にもてる仕事がいいなと思ったんだ。夏休みがあって好きなことをやってお金がもらえる。…僕の答えは大学の先生でした。だから、僕は就職をせずに大学院進学を考えお金じゃなくて自由な時間を得るために努力しようと思った。僕の将来設計図は週二、三回、大学へ講義に行って後は奥さんと子供とごろごろ家で遊ぶ。そんでもって日本があきたら「よし、9月からフランスの大学が呼んでるから半年ぐらい遊びに行くかっ。」って感じで家族で世界を回れればいいかなって思ってます。僕は美女100人より自由な時間を一緒に遊んでくれる嫁さんでいいや。いや、マジでさ。

でも一流コンサル系に入るのは、スゲー事だと思うよ。日本は知らないけど特にアメリカなんてかなり倍率が高いらしいよ。それに面接がすごいらしいね。なんかプレッシャーに狂いそうになるとか言ってたよ。5、6人の重役に質問攻めにされるんだって二時間ぐらい…。それも「うちでどんな仕事がしたいの?」なんていう質問なんて一つもなくて聞かれるのが…。

「ね~、アメリカにプールっていくつあると思う?」

「…んなもん知るかっ!」って言いたくなんない?でも、別に会社の人は正しい答えを求めてないんだって。自分の知ってる知識を使ってどうやって相手を納得させられるかを見るらしいよ。だから、「0」って答えても問題はないんだって。もしその答えを証明できればさ。この質問に彼はかなり困ったらしいね。でも、アメリカの人口とか暑い地方の人口とか学校の数とかそんなのを使って答えをだしたらしいね。ホント、一休さんの世界だね。「このはしわたるべからず」って感じだよね。あと、笑えた質問は…。

「ね~、なんでこのスーツ青だと思う?」

この時点で僕はきっとキレてるね。「んなもんしるかっ!お前が選んできたんだろっ!」って感じです。でもこれを自分の瞬間的なヒラメキで相手を言いくるめる。まるで詐欺師要請試験みたいなもんだよね。だけど実際これを二時間も絶えたAくんはすごいよ。よっぽど頭の回転がはやいんだろ~ね。

でも彼のコンサル行きは不思議でした。だって、彼は研究者になりたいって大学の時は言っていたからさ。だから電話を切る間際に聞きました。

僕:「で、なんでお前(Aくん)コンサル行こうと思ったの?」
A:「あ、言ってなかったね。兄貴に勝つためだよ。」
僕:「兄貴ってT先輩だろ?」

Aくんの兄のTさんは僕の三年上の先輩でした。彼は高校卒業後、ハーバード大学に進学をしてその後、自分でネット系の会社を設立しました。

A:「このまえ、兄貴が会社を売ったんだよ。35億円で…。」
僕:「…。」
A:「だから俺もビジネスの知識を得て自分で会社作って兄貴を超えるつもり。」
僕:「そうか~、がんばれよ。」
A:「その時にはまさやす一緒に会社をつくらないか?」
僕:「えっ?…うん。考えておくよ。お兄さんによろしくな。」

なんか、アメリカンドリームな兄弟だよな…。しかも35億円ってなんだよ。26歳でそんなんもらってどうすんだろ…。うらやましいな~。でも、兄貴を超えるってAくんらしかった。きっと、彼なら出来るかもしれない。それにうれしかった、一緒に会社作ろうって言ってくれて…。でも、僕は「やろう」って即答できなかった。やっぱり、いくら貰えても自由な時間の方が大切だもん。それに僕はビジネスむいてないからさ。だって、日本で夏祭りのくじのバイトしてたんだけど、ハズレひいちゃう子供みてたらかわいそうでおまけしてもう一枚あげてたら一等賞すぐ取られちゃって大変だったしね。だめだめAくん、僕は君みたくすごくないから、ふらふら世界中回りながら自分勝手に生きるよ。それじゃ~、Aくん。がんばれよっ。

一言: あなたのスーツが青いのは、あなたが「青」と言ったからです。

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このページは、森田 正康が1999年3月10日 22:23に書いたブログ記事です。

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