「彼」のはなし…

「彼」はサッカー選手になりたかった…。自分でも才能はあったと思うし、それほどかけ離れた夢ではないと思っていた。中学では地区のトーナメントで優勝した事もあったので彼はそれなりに高校でも期待されたプレーヤーでした。しかし、ある事がきっかけで彼の人生が狂ってしまいました。彼の通学していた高校にはお金持ちが多く自分の子供のイメージをよくするために学校に〇億という大金を寄付する親がいます。簡単にいえば、「親バカ集団」の集まりみたいなものです。

やはり親は自分の子供がサッカーチームのレギュラーになってほしいためにいろいろとコーチにゴマ擦ったりしていました。しかし、そんな親バカ集団の中にも超ド級の親バカがいたのです。その親の名前はT(仮名)です。地元の名士でとても有名な奴でした。奴には僕と同じ年齢の子供がいて、そのために高校に貢献していました。アメリカの場合、スポーツというのは受験において大いに有効な武器となります。なので親としてみれば子供にレギュラーをとったりキャプテンになってもらいたいわけです。奴の子供はどう考えてもサッカーがド下手で将来有望といわれていた彼には天と地の差がありました。しかし奴は自分の子供をレギュラーにするために普通では考えられない事をしたのです。奴はサッカーフィールドを学校に寄付したのでした…。そしてそれを条件にサッカーチームのテクニカルコーチに就任したのです。もちろん、そのおかげで奴の子供もレギュラーになりました。

彼はTの行動に驚きました。そしてそれと同時にクオリティの高いサッカーをやりたかった彼はがっかりしたのでした。「どんなに努力しても所詮お金で物事が解決してしまうのか。強いチームよりもお金がほしいのか…。」そうため息をもらして絶望したのでした。しかし彼の苦悩ははじまったばかりなのでした。Tは今までサッカーの経験などありません。この日から彼の高校のサッカーチームは意味も根拠もない練習を繰り返すことになったのです。ただボールを上に投げて犬のようにボールを追いかける練習やアメリカンフットボール選手が使うようなパラシュートを背負ってフィールドを走ったりとまったくサッカーに関係のないものでした。戦術眼がまるっきりないというかTはルールすらしらないので、そのコーチングの中、彼のサッカーチームは低迷してしまうのでした…。Tは低迷の責任を逃れるためにチームで一番おとなしかった彼を責めました。もともとTはサッカーを自分より理解している彼のことをよく思っていなかったので、これをよい機会に彼をレギュラーから外したのでした。

しかしこんな絶望の中でも彼はサッカーを続けることを諦めなかったのです。彼はサッカーがやりたい一心で地区代表チームの試験を受けたのでした。そして運良く彼はチームに入団する事が出来ました。まともなコーチの元、彼は遂に地区代表チームのレギュラーに選ばれたのでした。しかし高校のチームでは未だ補欠をしていたのです。「地区代表のチームではレギュラーなのに高校のチームでなぜ補欠なのだろう?」そう誰もが疑問には思いましたが地元の名士のTを恐れてなにも言わなかったのでした。そんな中で彼は苦しみました。「サッカーがやりたい。大学でも続けたい。」しかし、高校のチームですらレギュラーになれない人間にスカウトなどはきません。次第に彼の心はTへの憎しみで埋め尽くされたのでした。

そして夏、彼の高校のチームがイギリスに遠征を行ったときの話です。相変わらず補欠でいた彼は本場のサッカーを目の当たりにして自分もフィールドに出たいという気持ちでいっぱいでした。しかしTは彼をよんで言いました。「審判が足りないらしい、ラインズマンをやってくれ。」その時、彼の中でなにかがはじけました。彼は「なんの為にイギリスまで高いお金を払って来たのだろう。審判という事は試合に出す気はないってことなのかな?」そしてTは追い討ちをかけるように黙っている彼に怒鳴ったのです。「早く行け。お前の協調性のないところが嫌いなんだよ。」彼はもう我慢できませんでした。ゆるせませんでした。彼はその場に審判の旗を捨てて涙ぐみながらフィールドを出たのでした。そして彼は二度と高校のサッカーグラウンドに戻ることはなかったのでした。彼の夢はここに幕を閉じたのでした。叶えられるままに…。

彼は今、ハーバード大学の修士を経てケンブリッジ大学で博士課程に在籍しています。しかし彼の心の中では今でも叶えられなかった夢の続きを求めているのです。「もしあの時、サッカーフィールドから降りなかったらどうなっていたのか…。」その続きが見たいのです。しかし、それはどんなにがんばっても見ることは不可能なのです。どんな理由があったにしろ彼は自分の夢から逃げてしまったのだから…。一度逃げた夢は戻ってこないのです。過ぎた年月は戻ってこないのです。しかし、そんな彼にも希望の光は残っていたのです。彼には昔から一緒にサッカーを続けていた7歳年下の弟がいます。彼の弟は兄と同じ高校に入り現在地区代表チームでがんばっています。しかもオリンピック代表の選考会にも残ったらしいのです。彼の夢は彼の弟の中でまだ生きていたのです。そんな弟に人生の先輩として一言彼は伝えたいのです。「どんなに辛くても夢だけは諦めちゃいけないよ。」

サッカー選手になりたかった日本人の「彼」の話です…。

一言: 苦しくても一度信じたら突き進め…。

このブログ記事について

このページは、森田 正康が1999年4月19日 22:36に書いたブログ記事です。

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